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第14話(その5) 呵責

その刹那、かつてこれと似た状況…間近に迫る車をもはや避けることの出来なかった遠い記憶が、ミニョンの脳裏を掠めました。

— 유진아<ユジナー>

呼んだことすら覚えていなかったはずの低い呟きが、聞こえたような気がしました。トラックとぶつかった衝撃に薄れゆく意識の中、かつてユジンと過ごした10年前の光景の断片が、とぎれとぎれに浮かんでは消えていきました。

一体何が起こったというのか。ユジンは頭の中が真っ白になります。急停止したトラック…はね飛ばされたまま起き上がらないチュンサン…。あたりが騒然となるのとは裏腹に、ユジンの耳はチュンサンの微かな呼吸と弱くなる心音だけしか聞こえてこないかのようでした。

* *

ミニョンは意識のないままストレッチャーの上にのせられ、大急ぎで集中治療室へと運ばれていきます。口には酸素マスク。こめかみには生々しい鮮血の痕。病院の無機質な白い天井。こみ上げる慟哭をなんとか手で押さえ、横たわるミニョンを不安げに覗きこみつつ、ユジンも早足であとについていきます。

* *

医師: 検査結果はいいのですが、意識が戻るのを待たないことにはなんとも言えません。

頭部を強打し、ミニョンは意識不明のままベッドに横たわっています。他の部位の異常はないようでした。ユジンは不安に気がせいて、「先生、命に別状はないんですよね?助かるんですよね?」とすがるように訊ねます。

医師: 検査では異常は見つからなかったのですが、頭のほうに衝撃を受けていて…

意識が戻らないのです。決して安心できる状態ではありません。ユジンは必死です。「それで?それで、先生?」

そばに付き添っていたサンヒョクが見かねて、ユジンをなだめようとします。ユジンにはその声がまるで聞こえないかのように、「先生、話してください。この人、命に別状ありませんよね?助かるんですよね?」

哀願するように言うユジンの言葉に医師は直接応えず、「意識が戻るのを待ちましょう」

そう言うと、病室を出て行きました。ユジンは消沈して、酸素マスクをして目を閉じ動かないチュンサンを見おろしました。

* *

ヨングク、チンスク、そしてチェリンがあわてた様子で、病室を探し走っています。

* *

ユジンは今何も考えることが出来ませんでした。深い後悔と絶望がユジンをとらえ、無言で横たわるチュンサンのそばで呆然とする他ありません。少し離れて腰掛けていたサンヒョクが、そんなユジンの様子を見ているのが耐えられず、そっと立ち上がりユジンの肩に手を触れ、言葉をかけます。「きっと大丈夫だよ、ユジン…」

慰めの言葉もユジンには届かないようでした。ユジンは虚ろな表情をするばかりで、なんの反応も返すことが出来ないのです。

扉が開き、三人が入ってきました。ヨングクがサンヒョクに、チンスクはユジンに声をかけます。ミニョンのベッドにまっすぐに駆け寄ったのはチェリンでした。「ミニョン、私、チェリンよ…私、来たのよ、目を開けて、ミニョン…ミニョン」

懸命に訴えかけるチェリンに、チンスクが声をかけます。「チェリン、チュンサンは大丈夫よ…」

”チュンサン”という名前を、チンスクは意識して使った風でした。チェリンは即座に反発します。「何言ってるの?ミニョンがなんでチュンサンなのよ!」

チェリンにとってミニョンはミニョンでなければなりませんでした。チェリンはユジンのほうを振り向くと睨みつけるようにして言います。「どうして事故にあったの?」

ユジンはすぐに言葉が出てきません。チェリンは畳みかけます。「ユジン、あなたと一緒にいて事故にあったんでしょ?そうでしょ?そうなのね?」

チェリンは自分の予感が的中していることを確信し、詰め寄ります。ヨングクが見かねて「チェリン!」と牽制します。

*

この構図は、10年前の湖畔でチュンサンを皆で弔ったシーンと重なります。チェリンは突然の悲しみをユジンにぶつけるように叫んだのでした。「ユジン!どうして平気な顔でいられるの?なんでそんなにずうずうしいの?チュンサンはあんたに会いにいく途中で死んだんでしょ!」…あの時も間に立っていたヨングクがチェリンを諌めるように声をかけました。 ユジンはチェリンの言葉に耳を貸さず、じっと湖に目を落としていました。

*

しかし今回は違いました。ユジンは口を開きます。「…そうよ。私のせいでケガをしたの」

その開き直りとも、不遜ともとれる発言に、チェリンが噛みつきます。「なんですって?チュンサンもあなたに会いにいって事故にあったけど、今度はミニョンまで?あなたって本当にたいした人ね」

サンヒョクも黙っていられず、「オ・チェリン、いい加減にしろ!」と制止しますが、「ほんとうのことだわ!」と、チェリンはくってかかります。ミニョンをこんな目に合わせたユジンに、そしてミニョンのそばに座っているユジンに、チェリンは我慢ならないのです。思わずこんな状況下で口にすべきではないことを言ってしまいます。

「ユジン、あなた本当によかったわね。ついでにミニョンがチュンサンの記憶まで取り戻したらもっとうれしいでしょうね!」

ヨングクがわめき散らすチェリンの腕をとらえ、チンスクも一緒にユジンから引き離そうとします。押し黙っていたユジンが、この時はっきりとした口調で応じます。

「ええ、うれしいわ」

驚くほど落ち着き払った声でした。その場にいた誰もが動きを止めて、ユジンを見遣ります。

「チュンサンがあんな風に倒れて…私を助けようとしてこんなことになって本当にうれしいわ。」

チュンサンがこんな風になってしまったこと、いえ、してしまったのは、他ならぬ自分だということは、チェリンに言われるまでもないことでした。自責の念に、絶望に呑み込まれそうになるのを、ユジンはずっと耐えていました。意識不明ではあっても、チュンサンが、今/ここに、生きているのだから…。

「バカみたいに、チュンサンだということにも気づかないで、やさしくしてあげることもできなくて、傷つけてばかりだったから…こんなふうにでもチュンサンに会えて、私、とってもうれしい」

ユジンは悲しみと自分に対する憤怒に押しつぶされそうになるのをこらえ、歯を食いしばって言います。「こう言ったらいいの?これで満足でしょ?」

涙を流してすむ問題ではありませんでした。非難を恐れてなどいられませんでした。チュンサンの命が救われること、ただその一点だけがユジンの望むことでした。

チェリンは何も言わず、怒ったように病室から出ていきました。


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by ulom | 2005-01-27 00:00 | 第14話 二度目の事故
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