人気ブログランキング | 話題のタグを見る

第9話(その4) 焦燥

冷たい風のなか、ミニョンとキム次長が歩いている横を、ふだん見かけぬ大きな車が追い越していきました。放送局の車でした。「ああ、公開放送とかなんとか言ってたの、今週みたいだな?」とキム次長が言うと、「明日みたいですよ」とミニョン。

ホテルにはサンヒョクとユDJが入ってきます。ユDJはご機嫌です。仕事でスキー場に来られたことを、彼が一番喜んでいるのかもしれません。

ユDJ: あ、そうだ、キム・プロデューサー、婚約者はいつ紹介してくれるんだ?今日中には会わせてくれるんだろ?

これまで思い悩むサンヒョクを、ユDJは何度も見てきました。キム・プロデューサーのために自分が仕事を肩代わりした経緯もある彼にしてみれば、その”婚約者”に会うことも、目的の一つと言ってもよいようでした。

サンヒョク: (自信をもって)もちろん。会っていただけると思います

【scene9-18.ホテルの外(午前)】がカットされていますが、ホテルを一人サンヒョクが出て、意を決した顔つきで、どこかに向かって行くほんの短いシーンです。サンヒョクがスキー場に到着して、第一に向かったのは、ミニョンのオフィスでした。

ミニョンがデスクで書類に目を通しています。挨拶の言葉もなく、サンヒョクはつかつかとミニョンの机の前にやって来ます。ミニョンが立ち上がり、「お久しぶりですね。おかけください」とつとめて平静に対応すると、「いいえ、話だけして帰ります」と、サンヒョクの方は極めて機械的に応えます。

ミニョンが最近サンヒョクと言葉を交わしたのは、あのユジンの携帯にかけた時が最後であり、こうして面とむかい合ったのは、ホテルですれ違ったことを除けば、山頂でのつかみ合いとなった時以来のことでした。互いにいい印象を持っているはずがありません。そして何よりも、ユジンからの婚約解消の申し出が、サンヒョクの足を真っ先にここに運ばせたのです。

サンヒョクは、怒りを底に沈めたまま、ミニョンを断罪するかのような言葉を並べます。「チェリンのことを好きだったのにユジンのことを好きだなんて僕の目の前で言えるところを見れば、自分の気持ちに正直で、欲しいものはあきらめられない人なんだろうっていうことぐらいはわかります」。たまり兼ねてミニョンが言葉を挟もうとしますが、サンヒョクは続けます。

サンヒョク: でも僕は違います。道徳的に許されないようなことは決してしません。だから、いくらいいものでも自分のものでなければ関心をもちません。ただし、自分のものは何があっても守ります

サンヒョクの言っていることは、一見真っ当に聞こえます。しかし、比喩の形をとっているとはいえ、そこには女性をなにか主体性を持たない”もの”としてとらえる発想が感じられます。ものに対しては、”所有者”は自動的にその権利を法的に保証されるのでしょうが、人と人との関係は、”所有”の関係ではありません。サンヒョクのユジンに対する感情は、すでに自分のものを取られたくないという、執着へと姿を変えつつありました。

ミニョン: 何がおっしゃりたいんです?

サンヒョクは言います。ユジンは、あなたの中に、別の人、すなわちカン・ジュンサンの面影を見ている…だからそれを利用して純粋なユジンを惑わせないで欲しい、と。それに対して、ミニョンはサンヒョクに意外なことを言います。

ミニョン: 惑わせる?(苦笑いして)前にもカン・ジュンサンという人にユジンさんのことで同じ話をしたんですか?

ミニョンはユジンの心を占めて放さないチュンサンの存在だけでなく、ユジンをめぐってチュンサンとサンヒョクが対立していたであろうことを見てとっています。チュンサンそっくりのミニョンにしてみれば、サンヒョクの物言いには、チュンサンへの敵愾心のようなものを同時に感じ取っていました。

このミニョンの言い方にどこかチュンサンと同質のものを感じ取ったのか、サンヒョクの顔を瞬間当惑の色がかすめます。

ミニョン: 何かを利用して女性を惑わすほど、僕は自信のない人間ではありません

どんなことがあっても、ユジンが自分のもとを離れることはないというサンヒョク。それはユジンが選ぶことだとミニョン。サンヒョクは挑戦的に「では見ていてください。ユジンが誰を選ぶのか…」と意味深な言葉を残し、部屋から出ていきました。サンヒョクのなかで、事態はミニョンの思っていた以上に深刻さの度合いを増していました。

* *

サンヒョクは必死でした。次に訪れたのはチョンアも働くユジンの仕事現場でした。彼は、ユジンとの間に何の問題もないかのように、チョンアの前で振舞います。「ユジンにあまり仕事させないでくださいよ。かわいい手にまめができるのはいやですからね」

チョンアが真に受け抗議すると、サンヒョクはさもうれしそうな顔をします。そんな見え透いた婚約者気取りのサンヒョクに、ユジンは苛立ちを感じ話を打ち切ろうとしますが、仕事の先輩がユジンに会いたがっているからと、会食を強引に決め立ち去ります。

二人の仲が思わしくないのは、はたで見ていたチョンアにも明らかでした。

* *

ユジンは気が進みません。サンヒョクとは今距離をとりたいのです。しかし、成り行き上無碍に断ることもできません。約束の7時にサンヒョクがユジンの部屋を訪れ、二人はロビーに出向きます。

ユDJがにこやかに手を上げるのを見て取ると、サンヒョクは急にユジンの肩に手を回し、「こっち来いよ、ユジン」。その手にユジンは思わず反応しますが、サンヒョクのユDJへの紹介の言葉に、その手を払うことができません。ユDJの挨拶にも、ユジンは居心地の悪そうな応対を見せます。

三人連れ立ってレストランへ向かいます。ユジンはなおも自分の肩を抱くサンヒョクの手が嫌で、身を捩りますが、サンヒョクはその手をはなしません。

レストランに入ったユジンの目に否応なく飛び込んできたのは、キム次長と食事をしているミニョンの姿でした。思わず立ちすくむユジン。視線を感じ顔を上げるミニョン。サンヒョクに肩を抱かれて、うつろな姿で立つユジンに、ミニョンの目は釘付けとなります。籠の中に入れられたかのようなユジン…。サンヒョクもミニョンに気づきます。ユジンが軽く頭を下げ、それぞれに会釈を交わします。こわばった時が、再び流れます。

これ見よがしに、ユジンの座る椅子をひき、座らせるサンヒョク。彼は明らかに隣のミニョンを意識しています。食事をしながらもミニョンはそうしたすべてを感じ取らずにいられません。腰掛け、こっそりミニョンを見遣るユジン。メニューが運ばれ、サンヒョクは先輩を差し置き、まずユジンに見せ何にするかを尋ね、ユDJをあきれさせます。

ユDJは、キム・プロデューサーがユジンに対して夢中であることを楽しげに話します。「この前、ユジンさんに聞かせるんだって言ってうちの番組で初めて歌謡曲をかけて、始末書を書かされた話、聞きました?」

”婚約プレゼント”でかけた『スミレ』のことでした。「それに、ここで公開放送をすることになったのも全部ユジンさんのためなんですよ。だから早くククスを食べさせてくださいよ」※。

サンヒョク: 先輩、心配しないでください。僕たち、すぐに日取りを決めますから

ミニョンは思わず食事の手を止め、その言葉に聞き耳を立てます。ユDJはうれしそうに、結婚式の司会は自分がしてもいいと言うと、サンヒョクは「困ったなあ、先輩。もう頼んであるんですよ。(ユジンに)ヨングクがもう練習を始めてるよ」

一時の気の迷いから、なんとしてもユジンの目を覚まさせなければならない…そうサンヒョクは自分に言い聞かせていました。今になって自分勝手なことが許されるはずはない。それをこうしてミニョンにも見せ付けられることは好都合でした。

サンヒョクの話は、確かにまぎれもない現実でした。ユジンがたとえ結婚できないと言ったとしても、”婚約”している以上それで簡単に済むような話では当然ないのです。ユジンもそれはわかっているから、まずは自分の気持ちをサンヒョクに伝え、時間をかけていくほかないと思っていました。サンヒョクさえわかってくれるなら…。

ミニョンのいたたまれぬ様子にキム次長が声をかけ、二人は立ち上がります。ミニョンは、ユジンたちのテーブルの横で立ち止まり、サンヒョクに一礼して立ち去ります。ユジンは、そのミニョンの後姿を力なく見送ります。

サンヒョクが焦れば焦るほど、ユジンの気持ちは離れていきました。

それは、ユジンがまだ気づかないふりをしている自分の本心に、はっきりかたちを与えていくことでもありました。

-----------------------------------------------------------------

※”ククスを食べさせて”という言葉は、いつ結婚するのかを尋ねる際によく使われるようです。韓国の伝統結婚式
by ulom | 2004-09-03 11:35 | 第9話 揺れる心
<< 第9話(その5) 片思い 第9話(その3) 選択 >>